東日本大震災の緊急津波予報はどうして外れたのか

私は、大川小学校の悲劇について(2)で、東日本大震災の地震発生直後の気象庁の緊急津波予報が外れた原因は、主に地震の規模の見積もり誤りだという事が分かり、「どのような測定結果の値をどのように計算してマグニチュード7.9という値を出してしまったのかという事をキッチリと説明してもらいたいと思うのは私だけでしょうか。」とほざいていたのですが、地震本部「巨大地震を即座に把握する」を見てこの原因が何となくわかったような気がしました。
そもそも気象庁のシステムは、地震発生直後に巨大地震の規模を正しく見積もれるようになっていなかったから、東日本大震災の地震の規模の見積もりも必然的に正しく出来なかったという事のようです。*1
「巨大地震を即座に把握する」を空気で判断すると、巨大地震というものは、地震計の揺れの加速度自体はそれほど大きい訳ではないけれども、震源域が広大であるため、長周期の強い加速度の揺れが広範囲に長時間続くという性質があり、気象庁の地震検知システムでは、地震発生から1~2分では巨大地震を見分ける事は非常に難しいという事のようです。
そこで気象庁は、過小評価判定手法及び 想定最大マグニチュードについてで示されるような対策を行うようにしたようですが、昔から巨大地震の見積もりが難しいことが分かっていたら、どうしてもっと早くこのような対策を行わなかったのかと憤るのは私だけでしょうか。
ところで、巨大地震は長周期の強い加速度の揺れが長く続くという事は、つまり、地震の振動による地面の変位量が大きい状態が長時間続くという事であり、この事を簡単な言葉表せば、体が持っていかれる感が強い状態が長時間続くという事なので、このような状態を感じた場合は、巨大地震が起きたと考えた方が良いかもしれませんね。*2
それと、海に近い方は、地震が起きた場合に気象庁が過小評価を繰り返してしまう可能性を考慮して安全を優先させて行動する事と、巨大津波に備えて最適な避難ルートや避難方法を確認し、定期的に確実に避難訓練を行ったほうが良いのではないでしょうか。
*2 金沢大学の東日本大震災 地震動の特徴と被害との関係のP9の「継続時間」の表によると、東日本大震災の際には、福島県では震度4以上の揺れが3分程度継続したようです。

大川小学校の悲劇について(2)

大川小学校の悲劇についてで紹介したなぜ大津波警報は届かなかったのか…地震後3分以内に縛られた気象庁(J-CASTテレビウォッチ 2011年11月13日)を読み返して思ったのですが、東日本大震災による被害情報について(第208報)を見ると、地震発生から3分後に気象庁から「高いところで3m以上の津波が予想される」という情報が公表されてしまったようです。
また、こちらの報道発表によると「マグニチュード7.9→8.8→9.0に引上げ」という事なので、気象庁は地震直後の地震の規模の見積もりを大幅に過小評価したために津波の高さの予測を完全に誤ってしまったと思うのですが、日本政府や日本政府直轄の機関の言う事を鵜呑みにしたら命はないと思った方が間違いは少ないという事なのでしょうか。
それにしても、テーマ:地形地質、地震防災、災害などマグニチュードとエネルギーの関係によると、マグニチュードが1.0違うと、エネルギーが約32倍異なるようですが、気象庁は具体的に、どのような測定結果の値をどのように計算してマグニチュード7.9という値を出してしまったのかという事をキッチリと説明してもらいたいと思うのは私だけでしょうか。
Yahoo!知恵袋[q13259744108]で質問して見ました。
追記:
ネットでいろいろと調べたら、震災10分後にM9算出 長野の観測室、警報に使われず(朝日新聞 2011年9月10日)というものが見つかりました。
その他の情報も総合すると、気象庁は巨大地震を過小評価してしまう可能性がある事は分かっていたけれど、何も対策を行っていなかったようです。
私は、気象庁も原発推進派と同じような体質を持っているのではないかと思えて来たのですが、いかがでしょうか。
追記2:
※下の画像は、スタジオジブリのサイトのこちらから入手したものです。
ponyo030.jpg

大川小学校の悲劇について

ふと大川小学校の悲劇を思い出し、どうして優秀なはずの教師の人達がまともな対応を出来なかったのだろうという事が気になり、ネットで調べてみたところ、私の疑問の答えは見つからなかったのですが、「大川小学校」の訴訟に挑んだ2人の弁護士――判決後も原告遺族と向き合う理由 【#あれから私は】(CREATORS 2021/3/6)というものを発見しましたので、どうか見てください。
因みに、大川小学校は海から3Km以上離れていたけれど、動画を見てもネットで地図を見ても川は直ぐ近くあるし、内閣府の情報によると標高は2.5mほどしかなかったので、津波が川を上って来たらひとたまりもないから、少しでも高い所に一刻も非難しなければならないという事は少し考えれば分かっても良さそうなものだと思うのですが、どうしてこんな子供でも分かりそうな簡単な事も分からなかったのでしょうかね。*1
尚、「約1年間という時間と5700万円もの経費を費やしながら、遺族が最も知りたい「事実の解明」を途中で放棄。表面的な考察に終始し、検証とはいえない内容だった。」そうですが、この話を聞いて、曖昧模糊な福島第一原発事故の事故調査委員会の報告書の内容を思い起こしてしまいました。
事故当日、一体何処にいた誰が教師や生徒が校庭に留まるように指示したのか知りたいと切に願うのは私だけでしょうかね。
また、なぜ大津波警報は届かなかったのか…地震後3分以内に縛られた気象庁(J-CASTテレビウォッチ 2011年11月13日)によると、「地震発生3分後、実際よりもはるかに小さな予測の津波警報が出され多くの人が逃げ遅れた。」という話も有るようですが、何故SPEEDIはスピーディーに生かされなかったのか福島県の小児甲状腺検査の結果を見やすくして見ましたで記した内容等を改めて振り返ってみると、戦時中の日本を思い起こすのは私だけでしょうかね。
*1 上で紹介した記事を見ると、実際に早く避難する事を呼び掛けた生徒がいたようです。
※下の画像は、スタジオジブリのサイトのこちらから入手したものです。
追記:
ponyo031.jpg

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